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北海道開拓の村、馬車から降りてたまたま見始めたのが、↑岩間家農家住宅でした。

「農家」と言いながらも立派で、元々は士族だったということなので、お金があったお侍さんなのかなと思いながら、内部を見学。

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だって、床の間と違い棚がある開拓農家なんて、普通ないでしょ??

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珍しいことに、台所も竈が土間じゃなくて板の間にあったんですよね。

また、結構よい食器があり、母が「時代物の食器が置いてある!」と騒ぎながら(笑)見ていました。

と、ちょうどボランティアガイドの方が通りかかり説明をして下さるというので聞いたところ、色々なことが分かりました。

そもそも、仙台藩亘理領の下級武士だった岩間家。

領地にいる時は、領主へのお目通りも叶わない身分だったそうです。

でも、領主伊達邦成が家臣を率いて北海道開拓に赴いたため、士族移民団として参加。

移住して10年後に、この家を建てたそうですが、床の間のある部屋は、領主が立ち寄った時の休憩場所として作られたそうで、領主以外には使わせなかったとのことです。

(↓以下は開拓村のHPから)
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旧岩間家農家住宅
岩間家は旧仙台藩亘理領(宮城県亘理町)の士族移民団の一員として、明治4年(1871)2月に入植した畑作農家である。この建物は明治15年(1882)に郷里の大工によって建築され、構造・間取り共に仙台地方の特徴を受け継いでいる。旧領主が時おり立寄った由緒ある家である。


仙台の大工さんを呼び寄せて作った家なので、一般的な北海道の農家とは作りが全く違うそうで、そこに岩間家の方の矜持を感じました。

さて、そんな話をガイドさんから聞いて一同盛り上がっておりましたが、一人だけ盛り下がっている人が…。

まる子です(笑)

マニアックな話ですからねつまらなかったようです。

ということで、機嫌直しに子供の遊び場へ。

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やはり、この辺はまだまだ10歳ですねー。

嬉々としてブランコ漕いで。

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竹馬も乗りこなしております。

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同じ場所で竹馬していたお子さんが、竹馬に乗れなくて「ほら、あのお姉ちゃんみたいにやるんだよ」と言われたのに気をよくしております(って、多分、年齢はそう変わらないと思いますが、見た目中学生なんで。笑)

「普段乗っている竹馬はもっと高いんだけど」等と得意気に語っておりました(笑)

そして、気付けば父と母は消えており、いつの間にか自由行動。

各自、園内を散策しておりました。

この自由さ。

やっぱり私の両親だわーと思った次第です(笑)