今日のママ会、参加したのはママ6名でした。

保育園を卒園したそれぞれの子供達の進路はというと、3名の女の子がA小学校に通い(含む、まる子)、2名がB小学校、1名が引越しにより違う街のZ小学校に通っています。

B小に通っている子は2人とも男の子なのだけど、「学童の方が楽しいって言いながら(笑)学校に通っているよ」と問題なさそう。

そして、もっともアウェイで頑張っているZ小の子(女の子)も、「楽しそうに通っているよ」と。

ところが、A小に子供を通わせているママ2人(除く、私)が、終始深刻そうなのです。

「なんか、いろいろあるんだよね…」

「お友達ができなくて」

等々…。

他のママ達から、「子連れ狼さんち、同じ学校だよね??」と確認されるくらいのディープさ。

いや、うちも、まる子が学童に行きたくないとか言っていたりしたけど、こんなに深く思い悩まなかったな…。

以下、ママ会から帰宅しながら考えたこと。


親ならば誰もが、子供が発熱して苦しんでいる時に、「できることならば、代わってやりたい」と思った経験があると思う。でも、絶対にそれはできない。

私は冷たい人間だから、そういう時「実際に代わってやれないのならば、その苦しみを想像して自分が苦しんでいる場合ではない。元気な自分が子供のケアをしなければ」と切り替えた。

でも、彼女達は「子供の苦しみを追体験して一層苦しみ、そのつらさを知らぬ間に子供に伝えてしまっているのではないか」と想像される。

私は、常に「子供と自分は違う。子供の代わりは親にはできない」と思っている。だって、順番通りに行けば、自分が先に死ぬのだし、全てのことに対して心を配ることなんてできないのだから。

だから、冷たい言い方かもしれないけれど、「親は、常に子供の心に寄り添う必要はない(というかできない)」と思っている。

子供って、周囲が心配すると、それに反応して、一層センシティブになるような気がするし。

それなのに、親が子供の気持ちに同化して心配し、そう仕向けてどうする??

親にできるのは、新しい環境に適応できる順応性を身につけさせること、もし馴染めずにつらい状況に陥ったら気分転換させながら見守ること、身体の安全だけは確保すること、くらいなんじゃないか。

実は、飲んでいる時、当該ママに「子供の気持ちを聞きすぎなくてもいいのでは?話を聞くと、子供って余計にメソメソするよね」と言ってみた。

彼女は一応頷いていたけれど、多分、同意はしていないと思う。もしかしたら、ムカつかれているかもしれない。

同じ小学校だし、5年間同じ保育園に通っていた仲間だから、何か役には立ちたいのだけどね…。

何て、こんなこと思えるのは、私が鈍感で適当でストレス耐性があるからかもしれない。

でも、最近、しみじみ思う。「適当なこと」って大事だと。

今回ママ会に出席したB小とZ小の子のママも、いい意味で適当だもの。「小学校のことよく分からないんだよね」って言っていたけれど、それでいいんだと思う。

そして、そういう親の子供は、やっぱりいい意味で適当で、ポジティブなんだよね。

同じ状況になっても、ネガティブに考える人とポジティブに考える人では、出てくる結果も違うと思う。それならば、ポジティブに行った方がいい。

まる子には、この私の適当さを伝えたいと思う。ま、伝えるまでもなく、日頃の適当さを見られているから、既に身についているような気がするけどね(笑)

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すみません、酔っ払い的支離滅裂お許し下さい…。